ゲームディレクターだった僕がフリーランスのゲームプランナーになった理由と結果

フリーランスゲームプランナ
皆さん、どうもゲーム屋タカシです。

前回の記事で私がプランナー兼ディレクターになった話を書かせていただきましたが、今回はその仕事を辞めてから、私がフリーランスプランナーになったお話をします。

ゲーム業界に入った後のキャリアの積み方の参考になれば嬉しいです。

※前回の記事について
スマホゲーム開発の現役プロデューサーが語る、プランナー・ディレクターのお仕事

僕がフリーランスプランナーになったワケ

フリーランスプランナーになったワケ

・何故前職のゲームディレクターを辞めたのか

前職であるゲームディレクター時代、チームメンバーとの関係を良好に築けず、精神を病んでしまった事をキッカケに、今の仕事を続けるかどうかを真剣に考えました。
アルバイトにも関わらず貴重な経験をさせてもらってはいるが、周りの同期を見ていても、社員化されたとして給与アップもさほど見込めない状況でした。

この会社で頑張り続けることに、果たして意味はあるのか?と自分に問いかけを繰り返し、残る理由や去る理由をそれぞれ考えたりしていました。

そもそもが当時、スマートフォンゲームが大きな盛り上がりを見せ始めていた時期でした。
在籍していたその会社がPC向けのオンラインゲームをメインに取り扱う会社で、スマートフォンゲームへのチャレンジが出遅れてしまっていたのもあり、今後確実に縮小していくだろうと判断。

そういった事情で1ヶ月ほどの療養をするため、退職することに。

ちなみに実際にその後、この会社は縮小していきました。

・何故フリーランスを選んだのか

フリーランスを選んだ理由は2つあります。

一つは当時、いくつかの会社を受けるにあたって、派遣会社を通しての案件より、個人事業主として業務委託契約を結ぶほうが条件が良かったというのがあります。

今になって良かったなと思うのは、給与含めた条件面の交渉をよく知りもしない派遣会社の人に任せるより、自分で交渉出来る点ですね。

これは人によってメリットでもあり、デメリットでもありますが、少なくとも私にとってはメリットでした。

何故ならば、自分が現場でどれだけ貢献しているかを把握できているわけで、派遣会社に伝えて、そこから派遣先に伝言ゲームをする必要が無いからです。

もう一つは、初めて企画職にチャレンジした前職で挫折した経験が大きく影響していたのですが、何より経験を詰みたいと考えました。

この業界は同じ職種でも会社によって、業務が異なってきます。なので、A社では通用してもB社で通用しない…なんてことが起こりえます。

もちろん、人間関係や会社の環境が原因で上手くいかないこともあるでしょう。

そのため、どこかの会社に所属するのではなく色々な会社を渡り歩いて、歴戦の猛者的な…傭兵のようなゲームプランナーを目指そうと思ったのがフリーランスを選んだ理由です。

会社に所属すると自分の都合だけで、他のタイトルや他の組織に関わることが出来ませんから。

各社との面接

面接
退職後一ヶ月は療養していたものの、次のステップへの期待に胸を躍らせていたのを覚えています。

面接の際に、提出を求められる可能性があるゲームの企画書をしこたま書き溜めたり、職務経歴書を用意し、いざ面接です。

とりあえず、自分の市場価値が分からないので腕試しにいくつかの会社を受けてみました。

殆どの会社が採用の返答をしてくれたのですが、条件と会社の状況を考慮して最終的にA社とB社の2社に絞りました。

条件に関しては高いのはもちろんですが、ある程度の期間は仕事したいため、その会社や自分が担当する可能性の高いタイトルの状況を調べて判断しました。

すぐに縮小するようなタイトルや会社に入ってしまっては、短い契約期間で終了する羽目になってしまいます。

まずA社。現在は取り扱ってるタイトルはかなり違いますが、当時は女性キャラクターが活躍するタイトルがメイン。

ギャルゲーとまではいかないものの、女性が活躍するカードゲームを複数タイトル取り扱っている。

同じ会社の別スタジオが開発したスマホゲームが当時スマッシュヒットしていて、そちらはかなりのしっかりしたRPGで、
会社自体はクリエイティブなゲームに挑戦しようという野心的な会社でした。

次はB社。ここはちょっと特殊で親会社がスマホゲーム最大手とも言えるくらい大きな会社で、そこの子会社として私が受ける3ヶ月前に立ち上がったばかりでした。

面接した当時は役員3名しかいない状態で、親会社のスマホゲーム運営のお手伝いをしているとのことでした。

別にゲーム会社として立ち上がったわけでもないので、これから何をするかも分からない…という本当に可能性だけの会社でした。

最終的に選んだのは…

最終的に選んだのは
A社もB社も給与的な条件は同じでした。
その結果、私はB社を選びました。

驚かれる人もいるかも知れませんが、前職の失敗もあり、自分に自信がなかった私は、誰とも比較されることのないB社を選ぶことにしたのです。

少し、話はそれますがA社について…面接から4年は経過したでしょうか、現在は女の子キャラクターメインではなく、本格的なゲーム性が売りの王道ゲームメーカーとなっていて、凄いなぁと思う限りです。

実は今も少しお付き合いがあって、当時、私を面接してくださったプロデューサーさんと食事に行ったりすることが極稀にあります。

未だに仕事のお誘いを頂いたりすることがありまして嬉しい限りです。いつか、一緒にお仕事してみたいものです。

この業界は狭いので、縁は大事にしましょう。

選んだ会社でのスタート

スタート
さぁ、早速すぐにB社での仕事が開始しました。そこでの経験を綴りたいと思います。

最初に苦労した話

まず、最初にぶつかった壁。それは僕に業務を引き継ぐ前任者が会社に来ないという問題です(笑)。
ある種、この業界ならあるあるなのかもしれませんが…。

引き継ぎたくても本人がいないので、何をすれば良いのか分からないため、給料ドロボー状態です。
しかも4拠点にチームメンバーが分かれて業務をしていて、私がいる拠点のチームメンバーは私と前任者だけなので、
オフィスにチームメンバーがいない状態で作業を進めるしかなくて、最初は仕事が出来ずにモヤモヤしました。

唯一救われたのが前職の経験があったため、何をやるべきかは分かっているので、多少遠回りですが探り探りで仕事を覚えていきました。

特にマスターデータと呼ばれるゲーム内の様々なパラメータを管理するデータ等はどの会社もある程度共通の仕様のため、かなりスムーズに取り組めるのです。

いきなりのポジション変更で苦労した話

チームに入って私が最初に担当したポジションはイベント担当のプランナーだったのですが、
入って1ヶ月ほどで、組織体制の変更があり、ガチャ担当に変更に。

ただし、例え1ヶ月でもイベントプランナーの作業を担当したのはこの後、大きなアドバンテージとして効いてくることになります。

引継ぎにはガチャプランナーの現担当者に、こちらの拠点まで引継ぎのために出張してもらうことに。
2週間しか滞在しないと聞いた時は震えましたが、ガチャの設計やマスターデータ作成も、前職で行っていたものと大きな違いはなかったので、こちらも作業量の多さは凄いものの、何とか引継ぎきりました。

今となっては無茶な引継ぎスケジュールだなぁ思います(笑)。

成功談

前職で人見知りを発揮しまくってしまい、後から自分のキャラクターを変えることに抵抗もあり、素でコミュニケーション出来なかった経験を踏まえて改善をしようと決意。

初対面から自分のキャラクターを隠さずにコミュニケーションを取ることで、若干「変なやつだな」と思われながらも、今では社内でのキャラクターのブランディングも成功したと思います。

今では普段の自分で仕事が出来ているのですが、これは結構大事だなと思います。

それと、もう一点大きな成功としてフリーランスということが私には、意識的にプラスに働いてくれました。

自分の価値をシッカリと提供しないといけない。そう意識することで、プランナーとしてプロフェッショナルに徹してクオリティーの高い仕事が出来たと思います。

前職の経験が強く活きたのもありますが、フリーランスというある種、責任を自分で取る立場に追い込むことで仕事に対して高い意識を持って取り掛かった結果、次々と上司の仕事を巻き取って、半年後にはプロデューサー兼ディレクターのお誘いを受けることになるのでした。

まとめ

なかなかチャレンジな選択をして、フリーランスプランナーとして歩き出した頃を思い出すと、熱意のある選択は勇気を持って飛び出せば、意外と結果がついてくるものだと思いました。

自分の強みは人それぞれだと思いますし、他人と比較されてしまえば相対的に価値が定められてしまいますが、誰とも比較されない場所でスタートしたのは自信がない自分には打って付けでした。

出来たばかりの会社は、成長も早いし、貴重な体験が沢山出来るのがメリットだと思います。

もし、業界に興味がある人はそういった会社を狙ってみるのもありかなと思います。

ゲームデバッグのアルバイトからキャリアをスタートし、CS、プランナー、ディレクター、プロデューサーを経験。現在はスマホゲームのプロデューサーをやっています。
ゲーム屋としての酸いも甘いも語ります。

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